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土用の丑の日、ウナギについてのあるエピソード 【コラム】

 
  2017/08/15
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今年は土用の丑が二日あるとかで、ウナギ業界(?)は盛り上がっているんでしょうか。これは別の投稿で言及したいと思います。

さて、本田靖春というノンフィクション作家がいます。彼の著作から、ウナギに関するエピソードをひとつ紹介しましょう。

本田の尊敬する社会部記者(朝日新聞の)が、ウナギの名産地・浜名湖を訪れ、そこに江戸時代からつづくという蒲焼きの老舗を訪れた。
エピソードはそのときのもの。
本田さんはそのエピソードを読んだ印象を、自分の本でこう語っている。

浜名湖の周辺だったと思うが、江戸時代から続く蒲焼きの老舗あり、門田氏(名文家と知られていた朝日新聞社会部記者で、編集局長にもなったが、朝日新聞の社主家の藤村於藤と折り合いが悪く、自ら社会部を希望して編集局長から平記者になった。:引用者註)はこの店を訪れる。
お相手をするのはこの道ウン十年の、七代目だか八代目だかに当たる主である。

うなぎは開き三年、刺し七年とかいって、焼くようになるまでには、長い修業を積まなければならない。だが、もっと年季がかかるのが焼きで、主にいわせれば焼き一生であるという。

彼の手の指は、やけどでひっれて、内側に折れ曲がったまま伸びなくなっている。長年、備長炭の熱に焙られて変形してしまったのである。それだけ年季を入れていても、満足に仕上がるのは一日にせいぜい一串か二串なのだそうである。

蒲焼きと一口にいっても奥が深いものなんだ、とは思わせるが、料理人の自慢話の定型にややはまり過ぎたきらいがないでもない。だが、なぜか、皮肉が持ち味の門田氏は、その片鱗さえみせず、淡々と主の語りを追う。それでいて飽きさせないのは、さすがというべきか。
ところが、文章は終りにきて、突如、冴えを発揮する。

「ところで先生、どういうところを差し上げましょうか」

と向き直る主に、門田氏のひとこと。

「何でもいいから、なるべく能書のつかないところをくれ」

文章はそれで締めである。すかっとしませんか。このあたりがいかにも社会部記者なんだなあ。権威とか権力とかに、おいそれとは恐れ入らない。そんなことは恥ずかしいと心得ている。社会部記者気質の一端がそこにのぞいている。

小気味いいというのは、こういう話ではないか。

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