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本の読み方を鍛えるにはこれ! 全集読破ポータルサイトをつくった

 
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小説の大長編を読んだことはあっても、「全集」というものを読破したという方はあまり多くないかもしれません。

ぼくがときどき立ち寄っている、この「プラトン全集読破ポータル」は、古代ギリシャの哲学者プラトンの全集を2012年からコツコツと読まれている方です。
読み方も、専門的というよりは小説を読んでいるのと同じ感覚で読まれているのですね。もっともプラトンの著作自体が専門知識を求めているわけではなく平易なのので、とっつきやすいとか。

ところで、本をよむときにもっとも重要なことはなにか。
それは実用書でも専門書でも学術書でも、著者がどういう文脈でなにを語っているのかを、正確に読みとることがまず第一義、ということをぼくは師匠から学びました。

そのための〈訓練法〉のひとつが、「全集を読む」ことです。もしかしたら、若い人たちは「全集」という言葉すら知らないかもしれません。
全集というのは、ある著者の全作品や創作ノート、書簡(手紙)等などを網羅した書物のことです。ある個人(好きな作家、興味のある作家など)のそれらを最初から最後まで、第1巻から最終巻までを読み通す。それが本を読むことのひとつの訓練になるというわけです。

個人が、どこまでバリエーションのあるもの、あるいは一貫性のあるものを書くことができるのかを肌で知っておくと、その後の本の読み方や選び方の一気にレベルアップします。
(中略)
本を読むという行為は、書いている人の脳の中にいったん入るということに他なりません。全集に一度ずぶずぶと入ってしまうというのは、その意味で非常に良いトレーニングになります。相手の言っていることを正確に、その回路にしたがって読みとるという訓練を、徹底的にしたほうが断然いいのです。
(中略)
全集が出るということはつまり、それだけの読者を集めた人だということです。かなり偏った人であったとしても、それはそれとして、強い説得力をもった人だと言っていいでしょう。その意味では、全集は誰のものでもいいとすら言えます。誰を読むかとというよりも、全集を読むということ自体の重要性を強調しておきたいと思います。(日垣隆『知的ストレッチ入門』より)

昨日たまたま、前述の「プラトン全集読破ポータル」氏とSNSで会話する機会があり、それを潮にこのサイトに、自分用の「全集読破ポータル」サイトをつくってしまいました。
自慢じゃありませんが、ウチの本棚にはけっこうな全集が揃っています。
そして自慢じゃありませんが、積ん読状態です。この際それらを手にしていこうと思います。

でも全集を読むって大変そうですよね。
なので、このブログでも進捗報告をするとともに、もしお仲間がいれば全集読破進捗読書会みたいなものを開催してみたいと思います。
全集の種類はなんでもよくって、しかも全集でなくともシリーズ物でも小説大長編でもいいと思っています。さいきんは古典の新訳がどんどん出版されてきているので、これを活かさない手はないでしょう。

ぼくもプラトンだけでなく、「ナルニア国」シリーズとか読んでいきます。

 

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