「パン屋再襲撃」(『象の消滅』所収)、読了。

いつ眺めても不思議なタイトルだ。はじめてこのタイトルを見たときに、「再襲撃」というからには「最初の襲撃」の作品があるんだろうと思っていたが、それはじっさいに存在していたものの永らく書籍には入らなかった(現在は、村上春樹全作品集に「パン屋襲撃」として収められている)。

この短編は何度読んだだろう。細部まで覚えているつもりだったが、今回改めて読んでみていくつか読み違いをしている箇所に出会った。
また、この作品は2013年に「再びパン屋を襲う」と題して、リヴァイスされている(新潮社『パン屋を襲う』所収)。つづけて読んでみて、「ああ、こんなところが時代だな」と感じる箇所もあった。それは「再びパン屋を襲う」のエントリで簡単に指摘してみたい。

話自体は、パン屋を〈もう一度〉襲撃する話である。
「僕」と妻は、ある夜に猛烈な空腹に襲われる。冷蔵庫の中にも家の戸棚にも空腹を満たすべき食べ物はなかった。妻は「こんなにもお腹が空いたと感じるのはいままでなかった。ひょっとして結婚したことが原因なのかしら」と思う。

いや、「僕」にはこれと同じような空腹を感じたときがあった。

「パン屋襲撃のときだ」と僕は思わず口に出した。
「パン屋襲撃って何のこと?」とすかさず妻が質問した。
そのようにしてパン屋襲撃の回想が始まったのだ。

妻はその話を聞いて、この空腹感が〈呪い〉だと直感する。
そして現実的に彼ら夫婦を「パン屋襲撃」へと向かわせるのである。じっさいにはパン屋ではなく、マクドナルドなのだが。レミントンのオートマティック式散弾銃を片手に、スキーマスクを被って。

「ビッグマックを三十個、テイクアウトで」と妻は言った。
「お金を余分にさしあげますから、どこか別の店で注文して食べてもらえませんか」と店長が言った。「帳簿の処理がすごく面倒になるんです。つまり--」
「言われたとおりにしたほうがいい」と僕はくりかえした。

そうやって手に入れたビッグマックを、彼らはしっかりと腹に収めた。そして、彼らのもとから、あの暴力的とも言える空腹感は過ぎ去っていった。

この小説で、わたしが好きなのは〈空腹感〉の表現である。
村上は、それをこう言い表している(引用文は適宜改行)。

特殊な飢餓とは何か?
僕はそれをひとつの映像としてここに提示することができる。
①僕は小さなボートに乗って、静かな洋上に浮かんでいる。
②下を見下ろすと、水の中に海底火山の頂上が見える。
③海面とその頂上のあいだにはそれほどの距離はないように見えるが、しかし正確なところはわからない。
④何故なら水が透明すぎて距離感がつかめないからだ。

という感じ。
ビッグマックを食べた後には、こうつづく。

一人きりになってしまうと、僕はボートから身をのりだして、海の底をのぞきこんでみたが、そこにはもう海底火山の姿は見えなかった。

「特殊な飢餓」は消えて、「呪い」も解けたのである。