ニコラシカ(@xaqihooo)です。

地元で読書会を開催するようになって、5年。毎月1~2回ほど定期的に開いて2017年4月に100回を迎えました。去年は延べ約400名の方に参加いただきました。

50回を越したのが2014年秋。そのときもずいぶん遠くまで来たなあという印象でしたが、そこからまたエッチラオッチラつづけてくることができました。

ひとえに、参加していただいたみなさんと、支えてくれたスタッフのお陰です。
ほんとうに感謝しています。
と同時に数字はこだわらず、コツコツと今後もつづけていけたらいいなと考えています。

いったんの節目を迎えたこともあり、このあたりで少しこの〈活動〉を振り返ってみたいと思います。

サークル的なじわじわとしたもの

この読書会がはじまるきっかけは、わたしが当時理事をしていたNPOのイベントに参加していた大学生ふたりの一言からです。

彼らが、
「若い人たちにも、地域コミュニティ活動に参加してもらいたいんです」
というので、
わたしは「じゃあ、なにか企画してよ」と言ったんですね、そうしたら、彼らは飲み会企画を提案してきた。

「この企画は難しい。(集客できない)だろうな」とわたしは直感的に思ったんですが、それは口にしないで、彼らにそのまま進行してもらったんです。
案の定、ひとりの参加者も集めることはできなかった。

「どうする、やめる?」と彼らに聞いた。
「いや、じつはぼくらがやりたいのは、飲み会のようなそういう単発的なイベントじゃなくって、もっとサークル的なじわじわと人が集まってきて、持続的なものをやりたいんです」というんです。

「たとえばどんなこと?」と訊いたら、
「ニコラシカさんなら、なにをやりますか?」と逆に訊いてきたので、
(なんだよ、no ideaかよ)と思ったんですが、
「まあ、読書会っていうのも、ひとつアイデアとしてはあるんじゃないかな?」と答えたのが、まあスタートではあります。

本を読んでこなくてもいい

わたしのなかでは、読書会をやってみたいという願望はもともとありました。
数年前から、作家・コラムニストの日垣隆さんが主催する読書会に何回か参加させてもらっていて、「読書会」という言葉の持つ堅苦しさとは正反対の面白さを充分感じていたんです。
ですがわたし自身、それまで読書会というのは、参加したことはあっても企画実行したことはなかったんです。

本の感想やテーマへの意見を言い合う(シェアする)だけといえばそれだけなんだけど、参加していてなんて面白いんだろう。本ひとつで、こんなに赤の他人とコミュニケーションできるんだと、日垣さんの読書会に参加して、毎回楽しんでいました。

日垣さんは、古典(あるときは課題テキストが7冊というときもあったりして)もビジネス書(翻訳物)も、ご自身が面白そうと感じたテキストをどんどん取り上げていきました。

参加する誰もが古典に精通しているわけでもなく、海外のビジネスシーンに詳しいわけではありません。もちろん、わたしだって。
参加するのに二の足を踏みたくなるのは当然で、ましてや読書会なんて参加してことない人間からすれば、いったいこの会がどんな展開になるのか想像すらつかないのはよく理解できます。

しかも日垣さんの読書会は、「本を読んでこなくてもいい」と言うんです。本だけ持ってくるだけでもいいと。
本を読んでこなくてもいいって、いったい、どんな会なんだ(笑)??

でも参加してみるとまったくの杞憂であって、本のテーマを軸にしてみんなで語ることの、そして話題がどんどんずれつつもそれを許容するその場の大らかな雰囲気と、さらにその場をファシリテーションする日垣さんの話術の巧みさに、すっかり楽しんでいる自分がいたんですね。

そういう経験から、無謀だけれどいつかは自分で読書会をやってみたいとは思っていました。
たまたまだけれどそれを実現できそうな機会が巡ってきたので、口に出してみた。
そして、そうなることは予想できたんですけど、ぼくがファシリテーションを担当することになったんです。(つづく)